PsychedelicArtists
今からもう30年位も前になる。街でサーファーという種族を見かけるようになって、「波乗り」というかつて触れたこともない未知の世界に心をときめかせていたあの頃。
多くの若者たちがそうであったように、自分もその世界への入り口はファションであった。色気づいてからというもの、アイビー、ニュートラ、ウエスタンとトレンドを敏感にキャッチし、渡り歩いてきたが、サーファーというものは明らかにこれまでのものとは違っていた。いままでの流行と同じように、街は楽しい遊びの現場であり、ファッションを披露するひとつの舞台には違いなかったが、今回の本当の舞台は海であったのだ。
つまり、頭の先から足の先までサーファーのファッションで固めていたとしても、サーファーには決してなれなかったのである。波に磨かれ、鍛えられた者だけに授けられる痕跡、表面的には日焼けや厚い胸や盛り上がった肩であったかも知れないが、もっと言うならサムライのように、その存在から発するサーファーとしての気質のようなものが重要であった。
トラッドというファッションの流れを見てきた者にとってサーファーは目からウロコの大革命であったとも言える。自分達の生活とは関係の無い、どこか他所の伝統から由来したルールを有難そうにファッションとして継承し、そのルールをいかにビシッと決めてるか?などを個人のアイデンティティーとした時代から、生き方とファッションが重なりあう、そんな時代が初めて訪れたのである。それも現在のように流行をつくるための資本による何らかの仕掛けなども一切無く、「波乗り」という遊びに身を投じることによって得ることのできる純粋な感動がそのブームの原動力であった。
サーフファッションはもちろんビジネスの側面を持って拡がっていったがビジネスでありながらもそこには自主的なクリエイションの色が濃厚に漂っていた。誰もがスターになる可能性にワクワクしていたし、流行は与えられるものではなく自分達で創り出すものであるという意識を我々は一時的に共有した。
波乗りの先輩に連れられて、初めてサーフショップという場所に立ち入った時の気持ちを今でも思い出すことができる。明るい店内に立てかけられた数枚のサーフボード。ガラスのように、顔が映るぐらいまでに磨きこまれたピカピカのサーフボードは神秘性さえ漂わせる流線型のオブジェのようで、紛れもなく魂を惹きつけるアートであった。窓辺に並べられたチントのグラスフィンや吊るされた黒光りしたスキンラバーのウェットスーツ。そして、ショップに漂う不思議な匂い。それはサーフボードをラミネートしたレジンやウェットスーツのネオプレーンなんかが放つ匂いが混ざり合っていたのであろうが、その中に甘いフルーツやココナッツのような香りを発見する。WAXの匂いであった。
スキーなら、板の滑走面に滑りを良くするために塗るはずであったものが、サーフィンにおいては、板の上で足が滑るのを防ぐためのものだという。WAXというものを知ってますますサーフィンがやってみたくなった。あの素敵なサーフボードという何の動力もないシンプルな板の上に波を捉えて立ち上がってみたいという衝動・・・。その時、無くてはならないのがWAXというものだったのだ。
それからしばらくして、先輩たちに連れられて初めて波乗りに行く時がやってきた。夜、待ち合わせてワンボックスの車の屋根に付けられたキャリアにサーフボードを自転車のチューブでくくり付ける。街で生まれたサーファー達は、真夜中の道を走って海へと向かう。海は遠かったが、当時はそれが別段苦痛なことでもなかった。海へのロングドライブ自体が波乗りの一部に溶け込んでいたからだ。退屈な移動という感覚ではなくピクニックのようにその道中を楽しんでいた。同じように海へ向かう他のグループの車のディテールや貼られたステッカーの種類をチェックしながら車内では最近のサーフシーンについての噂話に花を咲かせる。途中の休憩スポットとなっている数箇所のサービスエリアは週末など、まるでサーファーたちの社交場と化していたものだ。
大きな道路を降りると、更に車はどんどん照明などない田舎道を突き進んでゆき、やがてポイントにたどり着き、止まる。真っ暗な中、何も見えずあたりの状況は分からないが、響いてくる波の音や潮の香りで海をすぐ傍に感じる。夜明けまでの数時間、フラットにした後部座席の布団にもぐりこんで仮眠する。頭の中で自分のイメージしているサーフィンというものがぐるぐると回る。なにしろ、サーフィンというものを見るのは本当に初めてなのだ。うつらうつらと一瞬眠りに落ちたが、気配に目を覚ますと少し明るくなってきた中でサーファー達が起きだしていた。車の外に出るとそこは綺麗な湾に面した小高い場所だった。湾に向かってサーファー達の車がずらっと並んで停まっていた。夏の海辺の朝の匂い。バラ色に染まり始める東の空。どんどん明るくなってくる中で海を見ると、沖のほうに黒い点がかたまってうねりに揺られているのが見えた。やがて、うねりをうまく捕まえたサーファーが波を滑り降りる。波をチエックしていたサーファー達から声があがる。スゴイ!と思った。カッコいいと心の底から思った。想像していたより、もっと原始的で神秘的な感覚に包まれた。やっと何かを見つけたという気がした。
朝焼けの中、見よう見まねで海へ入る用意をする。隣に居合わせたむちゃくちゃキマッてるサーファーがWAXを塗り始めた。ぺたんとしゃがんで膝の上にボードを置いてWAXを円を描くように擦り付ける。ゴリゴリと響く音がしてやがて甘い香りが漂ってきた。その香りは細かな潮の粒子を含んだ空気の中に仄かに漂いだし初めて見る波乗りの鮮烈な印象と融合した。あれから長い年月は流れたが、今もまだWAXというものを必要とする人生を歩んでいることに感謝したい。大好きな海に美しい波が割れている限
り、WAXを板に塗るたびに心の中に鳴り始める序曲は決して鳴り止むことは無い。
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