エッセイ


エッセイ

サーフワックスを塗ると言う事

一週間も海から離れると神経がササクレ立って、いても立ってもいられないサーファーの生活にとって、波がある環境は、私達が呼吸する空気と同じ様に生存のための必要条件である。美しい自然環境なくして完璧な波は立たないし、その波なくして存在意義のないサーファーは、人類が絶滅に追いやった動物たちの様に、最も環境に敏感な生き物といえる。
サーファーにとってボードにワックスを塗るという行為は何か特別な儀式の様でもあり、ワックスそのものも滑り止めとして必要不可欠だ。そのワックスが、石油製品だという事実。
年間一千万個、毎日1〜2万個の、サーフボードに塗り込めたワックスのほんの一部が海に流れ出る。
それも世界中の海で・・・・。

大型タンカーが座礁して積み荷の重油が流出する。真っ黒な油にまみれた海鳥や魚たちの映像はショッキングだが、ああいった希に起きる派手な事故よりも、目に付かない、じわじわと進行していく汚染の方が、はるかに深刻な問題になりうる場合があるのではないか?
より多くの国、企業、個人と、環境に対する意識は日に日に高まりつつあり、様々な改善を試みている事が、ニュースなどによって伝えられてくるが、旅をしていて、環境問題の解決は貧困を無くす事からはじまると感じる。

ペルーは波の宝庫である。ブラジルなどから多くのサーファーが押し寄せ、波乗りは盛んだ。リマという首都から半径100kmの沿岸で捕れた魚は食べてはいけないと聞いた。リマを流れる川は河原から川底まで全てゴミで埋め尽くされ、生活排水から工業排水まで、ありとあらゆる汚染物質が海に向かって流れていくのを見て納得した。話によれば水銀のような危険な重金属も完全に垂れ流しだそうだ。都市部周辺では砂漠の砂の上にそのままバラックを建て、浄下水ともないまま、人々がゴミの中でひしめき合い暮らしている光景が印象的だった。

また、インドネシアにボートトリップにでかけると、用意されているゴミ箱に出した空のペットボトル、ビールの空き缶やバナナの皮を、船のクルーがまとめて海に投げ出す。彼らには何の抵抗もない。
しかし、この豊になったはずの日本の中でさえ、環境に対する意識はなかなか揃わない。海岸には漁の最中に捨てたであろう切れた網やロープなどが無数に打ち上げられているのが現状だ。
ペルーなどは貧困問題で、インドネシアや日本などの場合は教育問題なのだろう。
こういった問題は個人のレベルでの解決は到底無理な話ではあるのだが、格差を埋める責任が先進国の政府にはハッキリとあると思う。なぜなら情報は身近になり誰もが豊に暮らせるという幻想を抱かされ、実のところは食べていくだけで精一杯なのだから。
環境問題とは、実は 衣食満ち足り、教育が行き届いた生活を送る人々の問題なのだ。
私達の唯一の家である地球は、広大な宇宙にひとつしかない。目を背けて放っておけば、自分が吐いた唾が自分に降りかかる。知るものが行動を起こす以外にないのだ。
我々サーファーの意識レベルは「捨てない」から「拾う」と言う段階に進化したと、このホームページの文中でも書かれているが、サーフィンが遊びのレベルから、ライフスタイル(生活)へと階段を1段上がったことで、少しは周りを見渡せる様になったからであろう。
今、先に出た重油の流出事故のように、サーフワックスが重大な社会問題を引き起こしているわけではない。と思う。放置した釣り針を海鳥がのどに詰まらせて死んでしまう様な直接的な被害が表面化しているわけでもない。

我々は、潜在的に大きなパワーを秘めている。 「サーフィンを取り巻く世界を大切にしたい」という、サーファーとして純粋な感情を原動力に、国や人種を越えるサーファーという価値観が生み出す自然の行為を、世界中のサーファーが実行に移す事ができるからだ。
どんな問題にせよ、本気の行動と、その積み重ねが、着実にかつ最も効力を発揮する方法なのは言うまでもない。
最高の波を目前にしてはやる気持ちを抑えワックスを塗るもどかしさ。
大きな波へ向かっていく朝、いつもよりゆっくりとワックスを塗る。高鳴る鼓動、特別な思い。
ニューボードにワックスを入れる。自分とそのボードの初めてのコンタクト。気を入れる。
怖々とサーフショップに足を踏み入れた時。
サーファーと言われる人の車に初めて乗った時。波乗り文化に初めて触れた、ワックスの香り。
ワックスはノーズまで塗るものだと初めて知った時。
ワックスを忘れた朝。
誰も目覚めてこない薄暗い朝一番に「起きろ!いい波が来ているぞ」とばかりひとりワックスを塗る。
テイクオフを目前に、手が滑って最悪のワイプアウト。
そのワックス一つから・・・・。

我々サーファーが、自らの手で自分たちの世界を守っていこうとする確かな姿勢だと思う。
いつまでも最高の波を追いかけていきたい。  

スノーサーファー、映像作家、GENTEMstick Director 玉井太朗  

台風6号を追いかけ、襟裳岬にて 2004.6.22。







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